薬剤性小腸傷害の原因を解明 ―治療法の開発に前進―
沙巴体育平台大学院医学研究科 消化器内科学の渡邉俊雄准教授等のグループは、解熱や痛み止めなどに広く使われている非ステロイド性抗炎症(NSAID)※1による小腸傷害が炎症性サイトカイン※2のひとつであるTNF-α※3により引き起こされることを、NSAIDを長期服用中の関節リウマチ患者を対象としたカプセル内視鏡による研究で明らかにしました。
最近の研究により、NSAIDが胃や十二指腸の他に小腸にも潰瘍を発生させることが分かってきましたが、有効な治療法は未だ確立されていません。今回の研究成果が、近い将来の薬剤性小腸傷害の治療薬の開発に繋がるものと期待されています。
本研究は、英国の消化器専門誌「Gut」のオンライン版で5月22日に公開されました。
発表雑誌
【発表雑誌】
Gut
【論文名】
Anti-tumor necrosis factor agents reduce nonsteroidal anti-inflammatory drug-induced small bowel injury in rheumatoid arthritis patients
(関節リウマチ患者における腫瘍壊死因子阻害薬の使用は非ステロイド性抗炎症薬起因性小腸傷害を減少させる)
【掲載URL(英語版)】
http://gut.bmj.com/content/early/2013/05/21/gutjnl-2013-304713
研究の背景
非ステロイド性抗炎症薬(NSAID:Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drug)は、感冒患者の解熱から変形性関節症や関節リウマチなどの骨関節疾患患者の鎮痛まで広く使用されています。また、NSAIDのひとつである低用量アスピリンは心筋梗塞や脳梗塞の予防に用いられており、人口の高齢化や生活習慣病の増加によりNSAIDの服用者は右肩上がりに増加しています。現在、我が国でのNSAIDの服用者は推定で1000万人にも上るとされています。
NSAIDの長期服用は様々な副作用を引き起こしますが、そのなかで最も深刻なのが潰瘍やビランなどの胃腸傷害であり、重症例では出血や穿孔を来たし死に至ることも少なくありません。アメリカではNSAIDによる消化管傷害で、年間に10万人以上が入院し、1万6500人が死亡しており、英国でも年間2500人が死亡していると推察されています。
NSAID起因性消化管傷害は薬剤性消化管傷害の代表であり、従来はその大半は胃や十二指腸などの上部消化管に発症すると考えられていましたが、21世紀に入りカプセル内視鏡が開発されて、これまで“暗黒大陸”と称され精密検査が困難であった小腸が詳細に観察できるようになった結果、小腸にも高頻度にNSAIDによる傷害が発症していることが明らかになりました。しかし、現在このNSAID起因性小腸傷害に対する保険適用薬はなく、NSAIDの中断を余儀なくされる場合が多くなっています。さらに、中断によって疼痛の増強や低用量アスピリン内服者では血栓症の誘発など、多くの深刻な問題が引き起こされるため、有効な予防?治療薬の早急な開発が望まれています。
関節リウマチは全身の関節に炎症が起こり腫れや痛みが生じる病気であるために、症状を抑えるために長期間NSAIDを服用する必要があります。最近の研究により、関節リウマチの発症や進行に炎症性サイトカインのひとつである腫瘍壊死因子(TNF-α:Tumor Necrosis Factor-α)が関与していることが判明し、TNF-αと特異的に結合してその働きを抑える薬剤であるTNF阻害薬の投与により関節炎を寛解させることが可能になっています。興味深いことに、我々のマウスなどを用いた基礎研究の結果、TNF-αがNSAID起因性小腸傷害の発症にも関与している可能性が示唆されていましたが、ヒトの小腸傷害の原因になっているか否かは証明されていませんでした。
研究の概要
我々は、NSAID起因性小腸傷害の発症にTNF-αが重要な役割を果たしているのなら、NSAIDを服用中でもTNF阻害剤の投与を受けている関節リウマチ患者では、小腸傷害の程度が軽いのではないかと考えました。そこで、NSAIDを長期間服用している関節リウマチ患者に最先端の医療機器であるカプセル内視鏡を施行して小腸の観察を行い、重症小腸傷害の発生頻度をTNF阻害薬の投与を受けている群(TNF療法施行群)と同薬の投与をうけていない群(TNF療法非施行群)とで比較しました。その結果、TNF療法施行群ではTNF療法非施行群に比較して重症小腸傷害の発症のリスクが約1/4に低下していました(オッズ比:0.23)。今回の結果から、NSAIDによる小腸傷害が炎症性サイトカインであるTNF-αにより引き起こされていることが初めて明らかになりました。
今後の展開
低用量アスピリン起因性小腸傷害は大量出血などの重症例が多く、より早急な治療法の確立が望まれています。我々は、このような症例に対する既存のTNF阻害薬の有効性を検証する臨床試験を現在準備しています。しかし、TNF阻害薬は非常に高価な薬剤であり、仮に有効性が確認されたとしてもすべてのNSAID内服者に使用することは医療経済的に好ましくありません。したがって、将来的にはTNF-αを標的とした創薬を行い、より安価な薬剤による予防?治療法の確立を目指したいと考えています。
参考
【用語解説】
※1 非ステロイド性抗炎症: ステロイドではない抗炎症薬の総称で、疼痛、発熱、炎症の治療に広く用いられています。このうち、少ない量のアスピリンを意味する低用量アスピリンには抗血栓作用があり、心筋梗塞や脳梗塞の予防に使用されています。
※2 サイトカイン: 細胞から分泌されるタンパク質の一種で、他の細胞に情報を伝えるという大切な働きを持っています。このうち、炎症の病態形成に関与しているサイトカインを炎症性サイトカインと呼び、TNF-αがその代表です。
※3 TNF-α: は「腫瘍を壊死させる因子」として始めは考えられていましたが、その後、炎症を誘導するたんぱく質であることが明らかとなり、今ではTNF-αは催炎症性サイトカインとして知られています。TNF-αが関連する疾患として、急性炎症では全身的炎症の敗血症、多臓器不全など重篤な疾患が知られています。一方、慢性炎症では、関節リウマチ、炎症性腸疾患、2型糖尿病、などはTNF-αが原因となっています。