iPS細胞を用いた人工神経の長期有効性と安全性を実証
この研究発表は下記のメディアで紹介されました。 <(夕)は夕刊 ※はWeb版>
◆3/18 毎日放送「VOICE」、時事通信※、共同通信※
◆3/19 NHK「おはよう日本、おはよう関西」、
朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、大阪日日新聞、日本経済新聞(夕)
朝日放送「キャスト」
◆3/20 日刊工業新聞
◆4/6???? 読売新聞
※その他、地方紙等多数掲載
概要
医学研究科 整形外科学の中村博亮(なかむら ひろあき)教授、上村卓也(うえむら たくや)病院講師らのグループは、iPS細胞を末梢神経の再生に初めて応用し、iPS細胞と人工神経を組み合わせてマウスの坐骨神経欠損部に移植を行い、神経再生の長期有効性について世界で初めて明らかにしました。
外傷などによって生じる大きな末梢神経欠損に対しては、これまで体の他の部位から正常神経を犠牲にして採取し、欠損部へ移植する自家神経移植しか治療選択肢がありませんでした。近年、人工神経の開発が進んできていますが、神経再生が乏しいといった問題点があります。
今回、人工神経による神経再生を促進させるために、iPS細胞由来の神経前駆細胞を付加した新しい人工神経を開発し、マウス坐骨神経損傷モデルに対する長期有効性とその安全性について初めて明らかにしました。本研究によって、体の他の部位の正常神経を犠牲にすることなく神経再生が可能となり、iPS細胞の併用によって神経再生がさらに促進した人工神経は、今後、末梢神経欠損に対する新しい神経再生治療法として期待されます。
本研究成果は、細胞組織学の国際雑誌であるCells Tissues Organsに近日オンライン掲載されます。(掲載されましたら本ページにてご案内致します)
※オンライン掲載されました。(平成27年3月24日追記)
<掲載URL>
http://www.karger.com/Article/Abstract/370322
<発表雑誌>
Cells Tissues Organs
<論文名>
Long-term efficacy and safety outcomes of transplantation of induced pluripotent stem cell-derived neurospheres with bioabsorbable nerve conduits for peripheral nerve regeneration in mice
「マウス末梢神経損傷に対するiPS細胞由来神経前駆細胞移植(人工神経併用)の長期成績と安全性」(DOI: 10.1159/0000370322)
<論文執筆者名>
Takuya Uemura, Mikinori Ikeda, Kiyohito Takamatsu, Takuya Yokoi, Mitsuhiro Okada, Hiroaki Nakamura
研究の背景
現在、外傷などによって生じる大きな末梢神経損傷に対しては自家神経移植が行われています。しかし、体の他の部位から正常な神経を犠牲にして採取し、欠損部へ移植するため、神経を採取した部分に新たなしびれや知覚障害が生じてしまいます。このため人工神経が開発されて、臨床応用が進みつつありますが、国内外で市販されている人工神経は硬い材質のため移植場所が限られる、人工神経の神経再生が乏しいといった問題もあり、未だ標準治療には至っていません。そこで我々は、非常に柔らかい素材の人工神経を開発し、さらにiPS細胞を併用することで神経再生が促進するような新しい人工神経の研究を行ってきました。iPS細胞による再生医療は、現在最も人々の関心が寄せられています。これまで眼科領域や中枢神経(脳?脊髄)領域等でのiPS細胞の研究は数多くありますが、iPS細胞を末梢神経再生へ応用した研究はほとんどありません。今回の研究では、iPS細胞を人工神経に組み合わせてマウスの坐骨神経損傷部に移植し、神経再生の長期有効性と安全性について世界で初めて明らかにしました。
研究の内容
人工神経は生体吸収性の素材からなり、マウスの坐骨神経に合わせたサイズとなっています。
人工神経の管腔壁は二層構造となっており、内層はポリ乳酸とポリカプロラクトン(50: 50)の共重合体スポンジで構成され、細胞が内層面に侵入して生着可能な構造(足場)となっています。また外層はポリ乳酸のマルチファイバーメッシュで構成され、強度を補強する構造となっています。このため、従来にはない非常に柔軟性にすぐれた人工神経となっています(図1)。
マウスiPS細胞から分化誘導した神経前駆細胞(第2世代)を、in vitroで人工神経に充填し、2週間にわたり人工神経ごとインキュベーター内で培養しました。これにより、iPS細胞はシュワン様細胞へと分化して人工神経に生着していました。シュワン細胞は、末梢神経再生の促進には欠かせない細胞の一つです。
次に、このiPS細胞由来のシュワン様細胞が生着した人工神経を、マウスの坐骨神経損傷部(長さ5mmの完全欠損)に移植しました(図2)。移植後4, 8, 12, 24, 48週では、iPS細胞を付加した人工神経群は人工神経のみを移植した群に比較して、マウスの下肢運動機能および知覚機能回復が有意に促進しました(図3)。組織学的にも移植後24, 48週の長期経過において、iPS細胞を付加した人工神経群では有意な神経再生を認めました(図4, 5)。またこれらの全ての組織においてiPS細胞移植による腫瘍形成は認められませんでした。このように、iPS細胞と人工神経の併用によって、長期的に安全かつ有効な神経再生が認められました。
期待される効果
今回の研究によって、人工神経の欠点であった神経再生能力は、iPS細胞を付加することによって十分に補えることが示され、iPS細胞を付加した人工神経の長期有効性が明らかとなりました。これは人工神経の適応拡大につながる画期的な研究結果です。また今回の研究は、末梢神経領域におけるiPS細胞移植の長期有効性と安全性を示しました。今後、他の分野においてiPS細胞の移植再生医療が現実のものとなれば、末梢神経領域へのiPS細胞の応用も可能になるものと予想されます。さらに将来、人工臓器や人工の手足が作成されるようになった際には、それらを繋いで動くようにするためには必ず神経が必要となってきます。その際に応用できる技術であると考えています。
今後の展開について
今回の研究は、文部科学省科学研究費の助成を受けて行った動物実験(マウス坐骨神経損傷モデル)です。ヒトでの臨床試験に向けて、現在大型動物(ビーグル犬)での基礎実験が進行中です。