分化型早期胃がんで内視鏡治療の予後が良好
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◆7/11 医療NEWS QLifePro※
◆7/13 日経産業新聞
概要
医学研究科 消化器内科学の福永 周生(ふくなが しゅうせい)医員、永見 康明(ながみ やすあき)講師、藤原 靖弘(ふじわら やすひろ)教授らのグループは、一部の早期胃がん(がん細胞が粘膜層または粘膜下層までにとどまっているもの)において、内視鏡治療の長期予後が外科手術よりも優れており、偶発症 注1)も少なかったことを明らかにしました。
研究グループは、分化型 注2)で内視鏡治療の適応拡大治癒切除基準 注3)を満たす早期胃がんを対象とし、当院で行った内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection; ESD) 注4)と外科手術を比較して、各治療の長期予後と偶発症を検討しました。患者さんの背景をそろえるための統計解析を行った結果、
① ESDの長期予後の方が優れている
② 特に併存疾患 注5)のある患者さんでESDの長期予後が優れている
③ ESDの偶発症は外科手術より有意に少ない
ということが判明しました。これらの結果は、今まで外科手術が標準的とされていた一部の早期胃がんの患者さん、特に並存疾患のある患者さんが内視鏡治療を受けることで、より負担が少ないだけでなく、より長生きできる可能性を示唆しています。また、一部の分化型早期胃がんにおいては、外科手術に代わってESDが第一選択となる根拠になり得る重要な成果であると考えられます。
本研究の成果は、平成28年6月27日(月)に米国の医学誌Gastrointestinal Endoscopyにオンライン掲載されました。
注1) 偶発症:検査あるいは治療に伴ってある確率で不可避に生じる病気や状態のこと。
注2) 分化型:固まりで増殖しやすい比較的成熟した細胞で、一般的に未分化型に比べて発育が遅いがんのタイプ。
注3) 内視鏡治療の適応拡大治癒切除基準:外科手術受けた早期胃がん患者の研究から判明した、リンパ節転移がない
と想定される条件に、局所の完全切除を加えた基準のこと。従来の治癒切除基準よりも幅が広がっている。
注4) ESD:高周波ナイフ(電気メス)を用いてがんの周囲の粘膜を切開し、さらに粘膜下層を剥離して切除する方法。
注5) 併存疾患:糖尿病や高血圧症などを同時に併発している他の病気のこと。
【発表雑誌】
Gastrointestinal Endoscopy
【論文名】
Long-term prognosis of expanded-indication differentiated early gastric cancer treated with endoscopic submucosal dissection or surgery using propensity score analysis
(分化型早期胃癌の適応拡大病変に対する内視鏡的粘膜下層剥離術と外科手術の長期
予後-傾向スコア分析を用いて-)
【著者】
Shusei Fukunaga1, Yasuaki Nagami1, Masatsugu Shiba1, Masaki Ominami1,
Tetsuya Tanigawa1, Hirokazu Yamagami1, Hiroaki Tanaka2, Kazuya Muguruma2,
Toshio Watanabe1, Kazunari Tominaga1, Yasuhiro Fujiwara1, Masaichi Ohira2,
Kosei Hirakawa2, Tetsuo Arakawa1
所属:1)沙巴体育平台大学院 消化器内科
2)同 腫瘍外科学
【掲載URL】
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0016510716303339
(※最終校正前原稿のURLです)
研究の背景
最新がん統計によると、胃がん死亡数は男性では2位、女性では3位で、 罹患数は男性の1位、女性の3位となっています【表1】。また、2011年の胃がんの罹患数(全国推定値)は13万人以上とされ、男女計では1位です。近年、早期胃がんは増加しており、1990年以降は胃がん全体に占める早期胃がんの割合は55%に達しているといわれています 注6)。
早期胃がんに対する内視鏡治療は外科手術の代替治療として広く普及し、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の登場により、それまで行われていた内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic mucosal resection; EMR) 注7)では一括切除が不可能な早期胃がんに対しても一括切除が可能となりました。過去の検討では、内視鏡治療適応拡大病変に相当する早期胃がんについて外科手術を受けた患者に、リンパ節転移を認めなかったことが判明しています 注8)。この結果をもとに、適応拡大病変に対するESDの長期予後に関する後ろ向き研究 注9)が複数報告されていますが、標準治療である外科手術と比較した報告は少なく、日本の胃癌治療ガイドラインではESDは未だ臨床研究段階の治療に位置付けされています 注10)。しかし、患者さんの負担の違いから、多くの施設で適応拡大病変に対してはESDが選択されることが多く、ESDと外科手術の長期予後を直接比較する前向き無作為化試験の実施は現状では困難です。さらに、並存疾患の多い患者さんでは負担の少ないESDが選択される傾向があります。
これまで、後ろ向き研究で患者背景を補正する解析方法を用いた検討も報告されていますが、悪性度の異なるがんが含まれており、ESDと外科手術は差がないという結果でした 注11?12)。このため、私たちは、分化型で内視鏡治療の適応拡大治癒切除基準を満たす早期胃がんを対象とし、ESDを受けた患者さんの方が外科手術よりも長生きしているのではないかという仮説をたて、ESDと外科手術を比較してそれらの長期予後と偶発症を検討することを目的として本研究を行いました。
注6) 笹子三津留、他.胃と腸28:139-46,1993
注7) EMR:胃の粘膜病変を挙上して鋼線のスネアをかけ,高周波により焼灼切除する方法。
注8) Gotoda T, et al. Gastric Cancer 2000;3:219-25.
注9) 後ろ向き研究:過去に起こった現象をさかのぼって調査する研究のこと。
一方、研究を開始してから生じる現象を収集、調査する研究を前向き研究といい、結論を得るまでに
時間がかかる場合があるが、証拠水準は高いと考えられている。
注10) 胃癌治療ガイドライン医師用第4版.金原出版:2014
注11) Choi KS, et al. Gastrointest Endosc 2011;73:942-8.
注12) Park CH, et al. Gastrointest Endosc 2014;80:599-609.
死亡数が多い部位(2014年) | 罹患数が多い部位(2011年) | |||||||||
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1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | 1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | |
男性 | 肺 | 胃 | 大腸 | 肝臓 | 膵臓 | 胃 | 前立腺 | 肺 | 大腸 | 肝臓 |
女性 | 大腸 | 肺 | 胃 | 膵臓 | 乳房 | 乳房 | 大腸 | 胃 | 肺 | 子宮 |
男女計 | 肺 | 大腸 | 胃 | 膵臓 | 肝臓 | 胃 | 大腸 | 肺 | 前立腺 | 乳房 |
表1 日本のがん死亡数とがん罹患数の上位
最新がん統計(国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター)
http://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.htmlより作図
研究の内容
1997年から2012年の間に当院でESDまたは外科手術を受けた1500名の早期胃がん患者のうち、分化型で内視鏡治療の適応拡大治癒切除基準を満たす早期胃がん患者は、ESDが224名、外科手術が133名でした。予後に影響を与えると思われる他臓器にがんを合併した患者さんを除き、ESD181名、外科手術127名を解析の対象としました。
5年全生存率はESD群が98.5%、外科手術群が91.9%で、統計学的な有意差を認めませんでした(図1A;p=0.11)。しかし、患者背景をそろえる傾向スコアマッチ法という解析方法を用いると、5年全生存率はESD群が97.1%、外科手術群が85.8%と、ESD群の予後が有意に良好でした(図1B;p=0.01)。特に並存疾患のある患者さんの予後が有意に良好でした(図2;p=0.02)。また、患者さんの予後に与える影響度に重み付けをして解析を行う方法(IPTW: Inverse Probability of Treatment Weighting法)でも、外科手術はESDよりも予後を悪くするという結果でした。さらに偶発症の頻度もESD群が6.8%、外科手術群が28.4% と、ESDの方が有意に低率でした(p<0.01)。
図1 ESDと外科手術の生存率の比較(A:患者さんの背景補正前、B:補正後)
図2 ESDと外科手術の生存率の比較(並存疾患のある患者さん)
今後の展開、本研究の意義
内視鏡治療の適応拡大病変に相当する分化型早期胃がんに対する標準治療は、現時点では外科手術であり、ESDは臨床研究としての治療法という位置づけです。この位置づけを変えるべく、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)主導の臨床試験(JCOG0607)が実施され、分化型適応拡大病変に対するESDの良好な長期成績が明らかとなりました。しかしJCOG0607はESDのみの試験で、外科手術との直接比較ではありません。ESDでは患者さんの負担が少なく根治が期待されるため、現状ではESDと外科手術を前向きに比較することは難しいと考えられています。このため、二つの統計学的解析法により患者の背景をそろえてESDと外科手術を比較した本研究の結果は貴重であり、さらに並存疾患のある患者さんで特にESDの予後が良好であったという結果は今までにはなかった重要な結果です。
本研究結果から、上記のような胃がんを有する患者さんにおいては、外科手術に代わってESDが第一選択となる根拠になり得る重要な成果であると考えられます。